半側空間無視ってなに?なんで「左無視」が多いの?病態と症状、評価方法
半側空間無視という障害をご存知でしょうか?
健常者からすると当たり前のことだと思いますが、人は左右の空間をほぼ平等に認知できており、右でも左でも同じように物を取ったり、呼びかけに反応したり出来ています。
しかし、脳卒中などの脳血管障害(特に右半球の障害)後に、片方の空間を認知出来なくなり、視野には入っているはずなのに高頻度で見落としたり、声かけに反応できなくなることがあります。
これを半側空間無視と呼びます。
本記事では、半側空間無視の病態と症状・評価方法について解説したいと思います。
そもそも「空間」とは?
空間の定義には様々ありますが、ここでは半側空間無視に大きく関係する3つをご紹介します。
近位空間と遠位空間
ある研究者たちは、観察者(ここでいう半側空間無視患者)の体外空間を近位空間と遠位空間に分けました。
近位空間とは、『手が届く距離』のことを指し、遠位空間とは『それ以外の範囲・歩いていく距離』のことを指します。
評価者が観察する症状や、検査所見は「近位空間」に関する事象が多いです。
しかし、生活場面のほとんどは近位空間と遠位空間両方が伴っているため、両方を評価する必要があります。
個人空間(身体空間)と個人周辺空間
個人空間(身体空間)とは、『身体そのもの』のことです。
え?って感じですよね。
ある研究者は、「身体自体も一つの空間である」と提唱しており、身体以外の空間を個人周辺空間と呼んでいます。
半側空間無視の患者は、しばしば身体の半分が無いものとして動作を行うことがあります。
寝返る時に左の手足を全く気にせず置き去りにする方、髭を剃るときに右半分だけ剃り「終わった」という方。
これらの症状は、身体の左半分の空間を無視しているからと言われてます。
物体中心空間
上記で説明した空間とは独立した、物体の中軸が座標となる空間があるとも言われています。
「物体そのものが空間の一つ」ということです。
半側空間無視の患者では、時計を見せた時、右半分しか認識出来ないせいで時間が分からなかったり、「に」」という文字を見せた時、「こ」と読ぶことがあります。
これは、文字や物品などの物体空間の左半分を無視しているからだと説明できます。
半側空間無視の病態
定義
半側空間無視について、Heilman,KM.(ケネス・M・ハイルマン)らは
「大脳半球病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される病態」
と定義しています。
右半球損傷に多い
どちらの大脳半球の損傷によっても起こるとされていますが、
右半球損傷:急性期→70〜80%、慢性期→40%
左半球損傷:0〜38%
と右半球損傷で多いとされており、半側空間無視というと基本的に左半側空間無視を指すことが多いです。
半盲との違い
ここで注意しておきたいのは、半盲と半側空間無視は全く別だということです。
半盲とは視野の半分が見えなくなる視野障害のことであり、見えていないことを理解しており頭部の動きなどで代償する様子が観察されます。
一方、半側空間無視は視野に問題はなく、空間自体を認識できていません。
見えていない自覚がないため、眼球運動や頭部の動きなどの代償が観察出来ないことが多いです。
トップ-ダウン性 〜刺激の取り込みが悪いわけではない〜
半側空間無視は、視覚や聴覚、触覚などの刺激を取り込む過程が障害されているわけではないとされています。
それではどこが悪いのでしょうか?
Mesulam(1999)は、「半側空間無視は脳内で既に空間認知を歪める装置が作られてしまっている=トップダウン・プロセス」を提唱しています。
つまり、脳内レベルで既に空間軸の歪み・偏りが完成しているということです。
知覚性と運動企図性
上記で記したように、半側空間無視は刺激の取り込みが悪いわけではなく、取り込んだ後の脳内での処理機能が障害されているとされてます。
この際、空間から入力された刺激に意味付けをする「知覚」の過程で障害される『知覚性』の場合と、知覚されてから行動するまで過程が障害される『運動企図性』の場合があると言われています。
運動企図性の場合、知覚までは出来ているが、その後に左方向への動作が起こらなかったり(この際、運動障害はない)、反応までの時間が長かったりするといいます。
つまり、「気付いてはいるが反応できない」状態ということです。
原因
なぜ“左”半側空間無視が多いのか
上記で記したように、半側空間無視は右脳の損傷による“左”半側空間無視が多いです。
では、なぜ左半側空間無視が多いのでしょうか?
■ Mesulamの神経モデル
Mesulam(1999)は、次のような神経モデルを提唱しています。
右半球は、左右両空間内に注意を配分しており、左半球は、主に右空間内に注意を配分されるように調整を図っている。
つまり、右脳は左右両方に注意を向けられるが、左脳は右側にしか注意を向けられないということです。
すると、どちらかの脳を損傷した場合、次のような状態になると考えられます。
左脳を損傷した場合、右脳の機能は残っているため左右空間への注意を分配できる。
しかし、右脳を損傷した場合、左脳は右空間にしか注意を分配できないため、左空間への注意が障害される。
本モデルがで重要なのは、この左右への分配が『全か無』ではなく、このような傾斜を持っているということです。
■ 覚醒レベルの関係(Manly.2005)
一方で、Manlyらは、空間性注意の左右不均等対して、覚醒レベルの問題について指摘しました。
右半球損傷では、左半球損傷に比べ反応時間の遅延が起きることが知られており、反応時間には注意・覚醒状態が影響するとされています。
Manlyらの実験によると、健常者を対象に線分二等分検査を実施した際、覚醒時には左偏向エラーを示すのに対し、睡眠剥奪時には右偏向エラーを示したといいます。
つまり、覚醒状態に問題があるとき、右寄りへのエラーが増えるということです。
神経ネットワークの問題
半側空間無視は、頭頂葉後部の損傷で発生しやすいとされているが、前頭葉・帯状回・線条体・視床などの損傷でも半側空間無視を認めることが分かっています。
ある実験からは、これらが密接な神経ネットワークを形成していることも分かっており、これを「空間性注意の大規模分配型神経ネットワーク」と呼んでいます。
ここで重要なことは、この神経ネットワークは同時期に働いているということです。
例えば、帯状回が損傷された場合、その他の頭頂葉後部・前頭眼野などのネットワークは正常に働いているという訳ではなく、
ネットワーク全体が障害されるということです。
そのため、どこか一箇所が障害されただけでも、半側空間無視が生じると考えられています。
空間性注意 〜注意障害の一つという考え方〜
半側空間無視の患者の多くは、全般性注意障害の症状をもつことが多いとされています。
Robertson(2001)は、半側空間無視は全般的な注意の低下に空間的不均等の因子が加わることによって出現すると述べています。
近年、このように半側空間無視は注意の障害の一つだという考えが広まっています。
症状
本記事では、「半側空間無視」のことは「左半側空間無視」として解説していきます。
半側空間無視では、視野の左半分が認知出来ない視覚的な障害と、
左側から呼びかけても右側を探すという聴覚的な障害、
自身の左半身を認識できな身体的な障害が観察されます。
具体的には、以下のような症状がみられます。
■ 眼球・頭部の右側偏位
半側空間無視の患者の多くは、眼球・頭部が右側をむいた姿勢をとることが多く観察されます。
このような症状は、重度であればあるほど顕著にみられます。
この場合、右空間への視界を遮ったとしても、同じような姿勢を取り続けることが多いです。
また、頭部を左向けた場合も同様に、眼球は右側を向いていることが多く観察されます。
半側空間無視患者にアイカメラ(どこに視点があるか分かるカメラ)をつけた実験があります。
この実感によると、重度の半側空間無視患者は、右空間の一点を注視しており、その周辺を小刻みに彷徨うだけだったと言われています。
■ 移動場面での障害
移動場面では、左側(左半身)をぶつける、曲がり角で左側の道を認識出来ず曲がれない、まっすぐ歩けず右側へ寄っていく、などの症状が観察されます。
中には、「まっすぐ歩いて下さい」と指示して歩いてもらうと、右側へ寄っていきグルーっと一周して戻ってくる症例もいるそうです。
車椅子の場合
半側空間無視患者の多くは、車椅子での移動を余儀なくされます。
この場合、右足は車椅子のフットレスト(足置き)に乗せている一方で、左足は乗せず放り出した状態で車椅子を漕ごうとする場面が観察されます。
逆に、左足をフットレストに乗せたまま立ち上がったり、移乗しようとすることが多く、転倒の危険性が非常に高くなります。
歩行の場合
歩行では、車椅子移動に比べ「バランスの不安定性」「歩行姿勢」「スピード」など様々なタスクが増えます。
そのため、『車椅子では大丈夫だったのに歩行では無視が顕著に出る』というパターンが多くみられます。
■ 生活場面での障害
半側空間無視は生活場面にも大きく影響し、様々な症状がみられます。
食事場面
食事場面においては、右側のお皿にだけ手をつけ、左側のお皿に手をつけないまま食事を終えようとします。
この際、全体の左だけ手をつけない場合と、
それぞれの左半分に手をつけない場合があります。
この場合、後者の方が重症だと言われています。
整容場面
髭剃りを例に挙げると、半側空間無視では左半分を剃らずに「終わった」と動作を止めることが多くあります。
左半身の無視によりこのような症状が出現するため、右側だけ歯を磨く・トイレ後に右側だけズボンを上げ左のお尻が出た状態で出てくる、などもよくみられます。
更衣場面
ほとんどの半側空間無視患者では、構成障害・着衣失行を併発します。
冒頭でお話しした物体中心空間や身体空間の障害によるものだと考えられており、リハビリが難渋することが多い印象です。
時計が読めない
半側空間無視患者の中には、時計が正しく読めず、時間が分からなくなる方が多くいらっしゃいます。
円盤型の時計では、数字や針を認識することが難しい場合が多く、デジタル時計から練習することが多いです。
しかし、デジタル時計でも、数字を正しく読み取れず、「12:18」を「2時8分」などと誤答することもあります。
■ 病識の問題
半側空間無視は、左空間の認識自体が欠如・低下しているため、「見落としている」という意識が生じません。
そのため、発症直後は「見えてます」と訴えることが多くあります。
身体をぶつけたり、食べ残しを指摘されることで、徐々に「よく見落としてると注意されるので気をつけます」と述べるようになるが、
本人としては「見えている」ためその後も同じようなエラーをすることが多いです。
このような症状は、病態失認や病態無関心も関与していると言われています。
評価
半側空間無視の評価は、以前は机上検査が主流でしたが、
近年、机上検査で異常を認めないが、生活場面では症状を認めることに留意し、生活場面での検査も用いられるようになってきました。
机上検査
半側空間無視の評価としてよく用いられるものとして、「BIT行動性無視検査日本版(以下、BIT)」があります。
その中でも、以下の検査項目がよく用いられます。
・線分二等分試験
・抹消試験
・模写試験
・描画試験
線分二等分試験
線分二等分試験では、線の中央だと思うところに印をつけてもらう検査です。
半側空間無視では、右偏奇したエラーが観察されます。
中央からのずれが12.7mmで3点、19.1mmで2点、25.1mm以内なら1点となります。
抹消試験
抹消試験には線分抹消試験・文字抹消試験・星印抹消試験があります。
以下は線分抹消試験の例です。
線分抹消試験では、36本中2本の見落としがあった場合に異常と判断します。
半側空間無視では、左半分の見落としがみられ、症状の軽い患者では左下になるほど見落としが多くなる傾向にあります。
模写試験
模写試験では、花の絵を手本として、その絵を描き写してもらいます。
半側空間無視では、左半分が欠落した絵を描くことが多くあります。
描画試験
描画試験では、大きな時計の文字盤を描くように指示し、描いてもらいます。
見本は提示しません。
半側空間無視では、右半分に12〜6までを割り振るパターンや、右半分に1〜12を描くパターンなどがみられます。
この検査からも想像つくように、半側空間無視患者の中には時計が読めない方が多くいらっしゃいます。
機能検査
Catherine Bergego Scale (CBS)
CBCでは、動作に影響するような機能障害(麻痺など)がない方に用いられることが多く、
10項目のチェックリストから構成されています。
スコアが1点以上で無視症状有りと判断されます。
まとめ
今回は、研究の紹介も含め、半側空間無視の病態と症状・評価方法について解説しました。
症状については、ごく一部の紹介となりましたが、臨床場面では「ここにも影響するのか」と気付かされることが多々あります。
本記事が少しでも介護・リハビリの場の参考になれれば幸いです。
次回は半側空間無視のリハビリについて解説したいと思います。
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